「尼寺坂と国分尼寺」

  • 2013.08.14 Wednesday
  • 09:45
 

 

 

妻高の正門を右に出ると、




すぐ、左ななめ方向に下る道があります。





これを

“尼寺坂”(「あまでらざか」、または、「にじざか」)といいます。


 



ご覧の通り、車がやっと一台通る程の細い道。

 



今は、正門を出て左にある


“聖陵坂”





の方が主要な通学路となってますが、



往時は、“尼寺坂”が主要道。





学生帽をかぶった旧制妻中生は、

この道を通っておりました。




 




ところで、現妻高の敷地には、国分尼寺がありました。





この西都が日向の国府として、

政治・文化の中心であった時代。




学校敷地の南側(木喰五智館の一帯)には、国分寺が、



そして、学校の敷地には、国分尼寺がありました。





今風に言えば、女子高・・・





知性あふれる女性たちが、

学んでいたその場所で、妻高生は学習しているのです。

 




かつて、工事のためにグランドを掘ると、

尼寺の遺構が出てきたそうです。




その時の空中からの写真が、これ。


 



まるで、生き物が掘った穴のようですね。

すぐに、土をかぶせ、もとに戻したとか・・・

 




さすが、古(いにしえ)の妻高です。

 

 

 

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